2020年5月5日火曜日

ヒューム『人性論』分析:「信念」について

「信念」についてやっとまとめました・・・ここの部分はちょっとややこしかったです。

ヒューム『人性論』分析:「信念」について
http://miya.aki.gs/miya/miya_report28.pdf
・・・ヒューム著、土岐邦夫・小西嘉四郎訳『人性論』(中央公論社)分析の続編、「信念」に関するものです。ヒュームは「印象⇒観念」という枠組みに固執するあまり、信念の問題における情念・情動的感覚の位置づけを見誤っている、そのため信念とは何か正確に説明できなかったと言えます。そもそも信念の問題は、「印象⇒観念」という枠組み、あるいは観念の「勢いや活気」というもので一律に説明できるようなシンプルなものではありません。

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<目次> 
Ⅰ.ヒュームの言う信念の“本性”とは?
Ⅱ.ヒュームの思考実験は何を明らかにするものなのか
Ⅲ.印象⇒観念の枠組みだけでは説明できない
Ⅳ.観念の活気や情感・情念の強さだけでは説明できない
Ⅴ.情念は、因果推論の“影響”のみでなく、事実認識を導くものとしても現れる

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これまでに以下のレポートにおいて『人性論』の分析を行っているので、ご興味のある方は参考にしていただければと思います。

ヒューム『人性論』分析:「関係」について 
http://miya.aki.gs/miya/miya_report21.pdf
・・・抽象観念および言葉の意味、時間・空間、複雑観念、因果関係について

ヒューム『人性論』分析:記憶と想像の違いとは?
http://miya.aki.gs/miya/miya_report27.pdf
・・・記憶と想像との違いについて


あとは存在、因果推論における経験の位置づけ(経験論と合理論の論争における論点の問題点も)、自己の同一性で、第一編「知性について」の分析は終わりです。

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